育休パパの育児日記

予防接種8 予防接種のタダ乗りをしよう

      2017/06/28

今回は少し、ずるい(?)話です。

 

予防接種は誰のために存在するのか

予防接種は誰のために存在するのでしょうか。これを考えた場合、考え方は2つあります。

1つは、個人の自己防衛のためです。

もう1つは、集団免疫を上げることによる組織防衛です。

 

前者は言うまでもなく自分が病にかからないようにするためのもので、他人は関係ありません。一方で、後者は大勢の人間が接種してこそ意味があります。自分が感染した後に、他人に移すことで流行がさらに拡大するリスクを抑えるためです。

 

ここで、下の図を見てみましょう。

感染力が強く、流行性の病。例えば、インフルエンザをイメージして下さい。

水色の集団は予防接種を受けているのでインフルエンザにかかりにくい集団です。多くの彼らのおかげでインフルエンザは大流行しません(集団免疫が上がったといえます)。

 

また、集団Aは予防接種組の中にわずかに存在する、重篤な副作用が発症する人たちです。予防接種を受ける以上、どうしても発生してしまう不運なグループです。インフルエンザに限って言えば、約2.3ppm(100万人に2~3人存在します)。

 

では、予防接種を受けていない集団Cはどうでしょうか。集団Cは水色の集団が集団免疫を上げてくれているのでインフルエンザの流行にさらされるリスクがすごく低くなっています。同時に、集団Aのように副作用を発症するリスクも負っていません

なんだか、ズルく感じますね。

こういう集団を経済用語ではフリーライダー(タダ乗り)といいます。

 

 

国民の大多数は予防接種に盲目的

さて、フリーライダーがズルいのでしょうか、それとも妥当な戦略なのかは意見が別れるところです。

 

私は賢いと感じます。彼らがそれを分かってやっているならば、生きる上での賢明な戦略を採っているに過ぎません。水色の集団の人たちが集団Cを羨ましいと思うならば、そっちに行けばいいんですから。

 

では、なぜ予防接種の世界で集団Cが少ないかというと、早く言えば、国民の勉強不足です。

 

厚労省は予防接種を出したり引っ込めたり、近年になって無駄に追加したり、動きを見てると不可解な判断が見受けられます。にも関わらず、安易に「定期接種になっているから・・・」「任意接種に挙げられているから・・・」という理由だけで全ての予防接種を盲目的に受けている人があまりにも多いのではないでしょうか。

 

今、定期接種/任意接種になっている予防接種は数年前までリストに挙がっていないものが多くあります。従って、受けなかったからといって、直ちに個人が困る訳ありません。今の60歳以上はほとんど予防接種なんて受けていないんですから。

 

ロタ・B型肝炎・日本脳炎・肺炎球菌・ヒブ、子宮頸がんワクチンは最近追加されたり、副作用で一旦取り下げたりといった経緯があります。10年前でさえ受けていないのですから、個人が別に受けなくても急激に疾病リスクが上がるとは思えませんよね。

 

 

集団と個人レベルでの判断

個人レベルの話では必ずしも予防接種は全て受けなくても構いません。しかし、集団視点ならどうでしょうか。

国レベルの話になってくると、「多少の重篤副作用を出してでも、集団免疫を上げて全体の感染数を抑える」という考え方になってきます。これは当たり前です。合理判断として、少数の犠牲で多数を救うのは理にかなっています

 

例えば、ポリオ

例を上げて考えてみましょう。戦後、ポリオによる小児麻痺は深刻でした。しかし、当時の医療レベルでは開発されたポリオ生ワクチンの安全性は確認できておらず、副作用が少ないワクチンを用意するのは難しい状況にありました。

 

しかし、あまりにも被害が甚大なために、政府の古井喜実・厚生大臣は「事態の緊急性を考えると、専門化の意見は意見として、非常の対策を決行しなければならない。責任はすべて私にある」との談話を発表し、生ワクチンを強行的に輸入し、全国へ無料提供しました。

 

おかげで、ポリオ被害者の数は激減しました。一方で、その影で副作用に苦しんだ人がいます。生ワクチンはウィルスを弱毒化させただけなので、稀にポリオに感染してしまうケースが見られました。厚生大臣は「社会防衛のための貴い犠牲であり誠にお気の毒にたえませんという声明を出しています。

 

つまり、大勢の国民を守るために、少数の副作用が出る人たちは致し方ないということです。これには非難が出るかもしれませんが、国策としては間違っていなかったと思います。

※副作用が出た少数組のフォローが完璧だったらよかったのですが、日本の副作用は認定されないことが多い現状があります。

 

 

何が言いたいかと言うと、国は国レベルでしか指針を決められません。しかし、個人がそれを鵜呑みにして従う必要はありません。賢明な個人は個人レベルで方針をきちんと立て、自分が有利になるように動くべきです。

そのように考えると、集団Cのフリーライダーになる戦略も決して間違っていませんね。

 - 社会のこと

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